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心霊スポットとして原城跡に行くなら「聖マリア観音」も寄るべし?彫刻家の心霊体験から造り上げられた慰霊マリア像

天草四郎の伝説について調べる過程で、

「原城聖マリア観音ホール」

というのが2024年にオープンしたことを知った。

原城聖マリア観音ホール

「原城聖マリア観音」世界最大級木造マリア像が長崎にできたらしい!~令和生まれの島原の乱慰霊活動~

神奈川県藤沢市の彫刻家、親松英治氏が40年もの歳月をかけて制作。

楠の大木からなる10メートルのマリア像は、島原天草一揆により犠牲者を追悼するため、40年もの歳月をかけてたった一人で彫り続けた。木彫りの像としては世界一大きなマリア像で、美術的な視点から見ても世界の宝といえるものです。

(引用:「原城聖マリア観音ホール」公式ウェブサイト

ライター
ライター

令和にもなって島原・天草一揆の慰霊碑を?

…と最初はいぶかしんだのだが

(制作開始は40年前なので1984年くらいだが、いずれにせよ島原の乱収束から346年は経っている…)

「原城聖マリア観音」
について調べる過程で、

原城跡が現在進行形で心霊スポットして
扱われ続けている現状も確認し、

このプロジェクトがオカルト方面との親和性も高いことを得心してしまった。

しかも、制作者である親松英治氏のインタビューを読んでいると、なんとご本人も原城跡を訪れた際の心霊体験があるというではないか。

ということで、心霊スポットとしての「原城跡地訪問」する際にもぜひ「原城聖マリア観音」も訪問してほしい…!

という話をしていく。

気づいたらナゾ女がナゾの熱量で「心霊スポットとして原城跡に行くことをゴリ推しする記事」が出来上がってしまいました!私が心霊スポットとして原城跡訪問を推す理由は最後の方に書いてます!CHU-★意味わらなくてゴメン!

原城と聖マリア観音ホールとの位置関係と、作家の心霊体験

「聖マリア観音ホール」は、原城跡が一望できる高台に建っているそうだ。

島原・天草一揆で、12万人もの幕府軍は原城を徹底的に破壊。3万7000人の一揆軍は全滅した。

原城跡を訪れた親松さんは、彼らを供養する施設や碑がないことに心を痛めた。

カトリックの教義では、「日本二十六聖人」のように無抵抗のまま亡くなった信徒でないと殉教者とは見なされない。

「犠牲者の中には無抵抗だった女性や子供、お年寄りもたくさんいる。彼らの霊を慰める施設がないのはおかしい」──自らも敬虔なクリスチャンである親松さんは義憤にかられ、私財を投じ独力でマリア像の製作に着手する。イメージしたのは、禁教時代、隠れキリシタンらが聖母マリアになぞらえて崇拝した観音菩薩像(マリア観音)だった。

しばらくして、原城跡の発掘調査で大量の人骨が見つかった。親松さんは現地を訪ね、担当者から人骨のカケラを1片借り受ける。マッチ箱に収めてマリア像の胸部に置き、犠牲者を想いながら製作しようと思ったのだ。

ところがその夜、島原のホテルで親松さんは、明け方まで床が激しく揺れる幻覚に襲われる。「原城跡のおびただしい霊たちが『親松さん頼んだぞ!』と押しかけて来た」と確信し、絶対に作品を完成させる、と彼らに約束した。…

《第3回》キリシタン弾圧の地・島原半島へ―灼熱の雲仙地獄と原城の聖マリア観音 Nippon.com)

親松氏のコレは「夢」ではあるかもしれないが、『明け方まで』『床が激しく揺れる』のは、実話怪談の中ではけっこうしっかりした現象だと思われる。

行ったとして建物にスプレーでラクガキとかはホンマにやめてね…。

撮れ高の多い心霊スポット「原城跡」

当コラムライターは、「実話怪談」ならYouTubeでけっこう視聴するほうだが、どうも「心霊スポット巡り動画」は性格に合わないらしく、あまり見ることがない。

原城跡に関しては今回、いつか原城跡に行ってみたいという気持ちもあって何個か視聴してみた。なので、以下、「撮影を伴う・心霊スポットとしての原城跡訪問」のポイントだと感じるものを洗いだしてみる。

とはいえシロウトなので変なところもあるかもしれない。何かの役に立てば幸いである。

【ダラシメン】やーかず

2021年6月に公開

オカルトスイーパーズ

2023年04月に公開

はじめしゃちょー

2023年12月に公開。

まめCHANNEL



2024/04

仄暗グラー【九州の心霊スポットを巡る一人旅】


2024/04年公開

いずれも、(編集で音入れなどしていなければ)けっこう撮れ高はあるほうではないだろうか。(当方心霊スポットめぐり系YouTubeにそれほど造詣が深くはないのだが…)

「長崎屈指の心霊スポット」という扱いからするとさほど投稿数は多くないように思われるので、飽和しているともいいがたく、なかなか取り組みがいがありそうではある。

訪問スケジュールやポイント

(原城跡を俯瞰してドローンで撮影された動画があったので掲載。)

で、シロウトながら、以下のような撮影スケジュールを組まれている印象を持った。

日中に原城跡で下見有馬キリシタン記念館ほか慰霊碑のあるお寺などの訪問

近くの宿で温泉や夕食(キャンプ飯の場合もアリ)

原城跡撮影(日帰りの方は9時半開始とおっしゃっていた。ガチの方は0時~2時あたりを狙うようだ。)

このコラムは「原城聖マリア観音ホール」へ寄ってくれ…という思いで書いているので、じゃあこの流れのどこに入れるか?という話なのだが…

自然な流れとしては日中の下見の際に加えるべきかと思うが…

残念なことに原城聖マリア観音ホールは入館料もかかるし16:00には閉まってしまう(休館日は木曜)ので、夜中の原城跡訪問とは若干時間が空いてしまう…

しかも、心霊スポット訪問の前にご加護がありそうなところに寄ると十全な心霊体験ができねぇんじゃねぇかという心配も出てくると思うし

(親松氏ご自身、原城跡訪問したその日の夜に宿で心霊体験をしているワケだし…)

と、いうことで、

できれば原城跡に訪問した翌日とかに訪問してくれ

(原城聖マリア観音ホールは10時~16時開館、休館日は木曜日
でも変更もあるかもしれないから公式ウェブサイトで確認してね!)

と思う…。「なんでそんなにムリヤリでも寄らせたいのか?」という話は追ってする………。

撮影用の小道具や持ち物

動画を視聴しているだけだとメインカメラについてはあんまりわからないので、サブカメラや小道具について気付いたことを書くと…

・サブカメラ(固定用の脚+マイク?)
・「お化け探知機」や「スピリットボックス」などの小道具

人骨が発掘されたという空堀は体験談も多いらしく、そこにサブカメラを固定しておいて、自分はメインカメラを持って一周してくる…みたいなのをやっている方が2組くらいいたように思った。

心霊スポット撮影となるとご自身のやり方があるとは思うが、いろいろ構成にも工夫があるんだなぁ…と感心したポイントだったので書いてみた。

(場所によってはカメラが安定しない場所もあるし、放置すること自体しかねる場所も少なくないなかで、少なくとも〝現時点での深夜の原城跡″というのはそれくらいのことができる環境だということは一つの参考になった)


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原城跡のドローン撮影はどこに申請する?

心霊スポット系の訪問や撮影にドローン撮影は主流ではないかもしれないが、心霊スポットとしてではない原城はドローン撮影のモデルとしてまぁまぁ人気があるように見受けられたので、許諾について調べてみた。

2025年にドローン撮影された方は以下のようなところに許可取りをしたようだ。

南島原市 総務秘書課 】に連絡をして許可を頂きました。その後、【南島原警察署】へ飛行情報の共有へ飛行情報の共有を行いしっかりと許可をとった上で飛行させています。

(引用:「ドローン空撮 原城跡」きずな ウェブサイト,2025年2月7日更新分

360度カメラはどこで撮影したらよさそう?

当方は360度写真や動画を手軽に撮影できるカメラを持っているので、これについても考えてみた。現時点で観光地における360度カメラや動画にはあまり需要を感じていないが、心霊スポットとしてであればまぁまぁいい仕事するかも?である。

で、考えてみたが、やっぱり動画はあきらめて「空堀とほねかみ地蔵の間あたり」で360度写真を何枚か撮影して、「天草四郎時貞像前」あたりで撮影して…という感じでいいかも。

360度写真は逃げ場がないので映ってもらいやすい説ないかな?

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なぜ聖マリア観音への訪問を推す?

①原城聖マリア観音の完成は「心霊スポットとしての原城跡」にピリオドを打かもしれないから

どちらかというと、「原城聖マリア観音」はポジティブな存在として見做されていると思う。

たとえば、誰かが原城跡で怖い体験をしたとして、一般的な日本の心霊スポット訪問による障りなら神社やお寺に駆けこむところを、原城跡でもらった霊障ならば『とりあえずココに駆けこんでお頼みしたりする』のも選択肢の1つにはなるのではないだろうか…と思う。

宗教施設ではないので常駐している神父はいないだろうが、マリア観音そのものの力にあやかるというのは日本人の心性からするとまったくありうべきことのように思う

そう、原城跡にいる霊の多くはキリシタンたちの霊(だとみなされている)のである。そして「天草・島原一揆」は

キリシタン一揆蜂起の背景として「非常の場合にはデウスにすがる」という、迫害依然には可能であった行動が禁じられていたこと、即ち困難に立ち向かうための信仰が奪われていたことがあげられる。

(神田千里「島原の乱 キリシタン信仰と武装蜂起」p.220,2018年,講談社学術文庫)

という性質の一揆だったのだ。逆に、これほどまでに時間が経っても依然として『原城跡にはキリシタンたちの霊が出る』と噂されるのは、現在までの慰霊方法はここで嘆く霊たちの慰めにならなかった証左でもあるのかもしれない。

であれば、禁教令が取り下げられて約160年経った現代日本で、

教皇2代や枢機卿たちからの祝福を受け※1
カトリックの信仰を持つ彫刻家の手によって新たに生まれ、
隣の修道院のシスターの頻繁なお祈りとともに彫り上げられ※2
「聖マリア観音」の完成は、
原城が心霊スポットでなくなる日の始まりなのかもしれない…

つまり心霊スポットとして訪問にはタイムリミットがあるかもしれないし、じゃあその要因になる場所にも行っておいたら何かしらの体験ができるかもしれないじゃない?

と思うのだ。

た・だ・し…

私が「原城聖マリア観音ホール」を推すのには、もう1つ理由がある。

②「有馬のマリア像」には怪談めいた奇譚があるから

実は「有馬の地のマリア像」にまつわる話に、とても怪談めいた奇譚があるのを私は知っている。

慶長10年ごろ(1605年ごろ)、九州島原半島の有馬の地に、相國寺という寺があった。この寺の住職は大のキリシタン嫌いで、寺にいる弟子たちにも「キリシタンだけには染まるな」と日ごろから言い続けていた。

この寺に、春千代という稚児がいた。春千代は繊細な感情と溌溂たる才気とを持ち合わせた姿優しい少年で、さる都人の落とし子だと噂されていた。

春千代が15歳のころ。読経に疲れた春千代は、休憩のため境内を散歩していた。そこの竹垣の向こうで、美しい少女の姿を見かける。

少女は青い目で黄金色の髪・白い肌をしており、異国の人間であることがわかった。

春千代が少女のあとをつけて海辺までやってきたが、巨岩のところで見失ってしまう。

以来、春千代はあの少女のことが忘れられなくなり、『もう一度あの美しい娘に会えたなら、たとえ地獄に落ちても悔はない』とまで思い詰めるようになった。

春千代は寺を出て、娘の姿を見失ったあの海岸まで行こうとした。

途中、南蛮の宣教師(パードレ)に出会った春千代は、同じ南蛮人であればあの少女のことを知っているかもしれないと思い、パードレに事情を打ち明けてみた。

春千代の状況を知ったパードレは、この少年を苦しみから解放してあげたいと思い、教会に誘った。

「わたくしといっしょにおいでなさい。美しいその娘より、もっともっと神々しい聖母を拝みましょう」

パードレは春千代を連れて教会の御堂に入り

「この方が、処女神聖聖母マリア様(リビゼンサンタマリアさま)です。あなたの苦しみを懺悔なさい。あなたは救われます。」

と、聖母像を見るようにうながした。

春千代が聖母像をみつめていると、ふしぎなことに聖母像がにわかに大きくなり、春千代が忘れられなかったあの少女の姿になってほほえみかけてきた。

春千代は祭壇に駆け寄り、聖母の像を抱きかかえて御堂から走り出した。

気が付くと春千代は、あの海辺の岩のところに立っていた。

「どちらへ、行きましょう」

春千代が聖母の像に頬ずりしながらつぶやくと、聖母の像は海のかなたを指さした。

春千代はほほえみながらうなずいた。

「それでは、嬉しう死にましょう」

春千代は素足を血に染めながら岩の上にのぼった。

「南無阿弥陀仏」

そうつぶやくと、春千代は聖母を抱いたまま海に飛びこんだ。

翌朝、聖母の像をひしと抱いた彼の屍を見て、師である僧は悲痛な目で見たであろう。

不知火燃ゆる有明の海、そこにはこうした、切支丹宗徒の間にはぐくまれた幾多の美しい恋物語がある。天草生まれの私の祖母は、幼時そうした恋の謎を謎として、このような物語を聞かせてくれた。

(参考:谷真介「キリシタン伝説百話」pp.82-85『聖母の像を抱いて』)

(参考:朝日新聞社 編「海の伝説と情話」収録/長良川鵜之介 著,pp.169-174)

※「相國寺」は現存していないようだ。

話の内容じたいは「登場人物が全員死んでしまった怪談」に含まれそうな感じだが

『この状況で春千代の最期の言葉を聞いたヤツがどこにおんねん』『地の文で春千代の心情説明しすぎや』的なツッコミをしながら読まざるをえなかった…。

長良川鵜之介の書き方からすると「マリア像を抱いた稚児の少年の遺体が海辺に打ち上げられた」のは限りなく事実として扱われていた感があるよな…?そこから生まれた実話怪談…なのではないだろうか、という印象を持つ。

このマリア像がいったい何であったのか、春千代の死を幸福ととらえるべきか、魅入られて連れて行かれたと考えるべきなのか…解釈の余地が残るのがなかなか実話怪談然としていて、かなりお気に入りの話である。

芥川龍之介の「黒衣聖母」などを読んでみても思うが、このように、マリア像…というか「像」は、日本人の心に何かしら超越的な力だったり、あるいはその延長にある不気味さだったりを呼び起こしてしまうシロモノなのだと思う。

なので、このたび新たに刻まれたマリア像というヤツ自体そのものが何か新たな奇譚誕生のきっかけになるのかもしれない…それがうまれたら、知りたい。当コラムライターはそんなことを思っているのである。

そして、そう思っている理由が、次のようなものである。

③私自身が聖母マリアにまつわる奇怪な体験をし、解釈しかねているから

当方はプロテスタントキリスト教徒ではあるが(プロテスタントはイエスの母マリアのことをカトリックほどに神聖視しないのである)、私自身が聖母マリアに纏わる奇妙な体験をしてしまった(これは公開していない)

それ以来、聖母マリアに纏わる奇跡の話や怪奇譚について、できる限りで学び始めた。そのためにカトリックのミサにも通っている。

自分が体験したのがポジティブなものと解釈しうるのか、惑わしなのか、それに自分なりの結論を出したい。

だから、できるだけ多くの人に原城聖マリア観音ホールに訪れてほしい。そこで新しい物語が紡がれるとき、それを知りたい。

そして私自身が知りたいことは、怪談の文脈に身を置いていれば速やかに知ることができそうな類の話だと思うから―――

―――「心霊スポットとしての原城跡訪問」と「原城聖マリア観音ホール」を結んでおいて、そこに身を置いていたいのである。


まあそれは当コラムライターの個人的な事情である。

基本的には、原城跡にいまだ嘆く存在がいたら彼らが慰められればいいと思うし、現状だと、上記に紹介した動画のようなスタンスの訪問であれば、その地で嘆く霊たちにとっても慰霊としてみなしてもらえそうな様子がある。

訪問するひとたちの目的はさまざまあると思うが、そのお一人おひとりの人生が幸福であることなども、願いつつこのコラムを閉じる。

…髑髏の丘で磔刑にされた男の声が聴きたくて、こんなところまで来てしまった…

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